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本川根の方言
特産品 文化

やんばいです 「やんばいです」ってどんな意味?

タイトルにもなっていますが、 これは来館者にもよく質問されます。本川根に来る途中、看板やポスターを見たことがあるのでは!?
「やんばい」=「いい塩梅」  天気の良い日の挨拶です。
「いやんばいです」とも言います。
天気の良かった日の夕方には「やんばいでした」と言ったりします。
60代以上の人が使います。

あかさたなはまやらわ本川根町方言一覧

 

本川根の特産品
方言 文化

川根茶
もみじ寿司
むら娘
そば
もち
漬け物
みそ
しいたけ
やまめの塩焼
ふるさと宅配便
茶羊かん

 

本川根の文化
方言 特産品

小長谷城址コナガヤジョウシ
指定区分 町指定文化財
所在地 静岡県榛原郡川根本町東藤川(小長井)
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
小長谷城は「小長井城」または、「徳谷城」とも呼ばれ、中世にこの地方を支配し ていた小長谷氏の居城と伝えられています。残念ながら築城年代その他の史実は明確 ではありませんが、現在残される遺構(いこう)は室町時代中期(15世紀ごろ)以降 のものであろうと推定されます。
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小山発電所跡コヤマハツデンショアト
指定区分 その他
所在地 静岡県榛原郡川根本町奥泉(小山)
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
ここは明治43年(1910)に県道川根寸又峡線の細尾集落の対岸、小山集落につ くられた出力1400kwの発電所跡です。当時日英水電(株)がここ上川根村小山 地点の大きく湾曲した付け根部分(通称:牛ノ頸<ぎゃーくび>)に水路トンネルを掘 り、25mの落差を得て大井川水系に初めて発電所を建設しました。この建設に人夫 (にんぷ)として雇われた人々の話では、英国人技師が駐在(ちゅうざい)し、何と 言っているのかわからない言葉で指図(さしず)していましたが、当時毛髪も目の色 も肌の色も異なる外人が大変めずらしかったということです。
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泉頭四郎兵衛の碑センズシロベエノヒ
指定区分 その他
所在地 静岡県榛原郡川根本町千頭
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
現在、千頭(せんず)[元千頭小学校の横]に千頭・小長井を一望できる小高い山があ り、ここに泉頭四郎兵衛の石碑(せきひ)が静かに安置されています。泉頭四郎兵衛 は菅原道真公(すがわらみちざねこう)と同罪によってこの地に逃れてきたといわれ、 山野を開拓した優秀な人物でした。徳川家康公が甲斐(かい)に進攻の途上で兵糧 (ひょうろう)が尽きたときも手厚くもてなし、後に御朱印(ごしゅいん)付きの恩 賞(おんしょう)をいただいたと伝えられています。
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ヌタブラ遺跡ヌタブライセキ
指定区分 その他
所在地 静岡県榛原郡川根本町田代
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
川根本町はよく知られた川根茶の産地で、いたる所で茶樹(ちゃじゅ)が栽培されてい ます。このヌタブラ遺跡も田代地区の標高430m程の高所に一面に広がる茶園の一 角にあります。大井川の河床から150mも高い位置にありますが、大昔には大井川 がその付近を流れていたというのですから悠久(ゆうきゅう)な大自然の営みを肌で 感じられる場所です。
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刀(十文字槍・刀・太刀・脇指)カタナ(ジュウモンジヤリ・カタナ・タチ・ワキザシ)
指定区分 町指定文化財
所在地 静岡県榛原郡川根本町
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料  
 
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常夜燈ジョウヤトウ
指定区分 その他
所在地 静岡県榛原郡川根本町千頭
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
常夜燈は秋葉山詣(あきわさんもうで)のために建てられました。秋葉山詣とは秋葉 信仰(あきわしんこう)の人たちが火伏せみの神を祀(まつ)る秋葉神社にお参りす ることです。昔は今のように電気やガスがありませんでしたので、かまどや囲炉裏 (いろり)を使っていたため火災がたびたびおきていました。そのようなことから 秋葉信仰がさかんになり、村人は集って参詣に参加し、無火災を祈りました。
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双盤・和鐘ソウバン・ワショウ
指定区分 町指定文化財
所在地 静岡県榛原郡川根本町東藤川
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
【和鐘】
鋳物(いもの)製で作られており、高さは56cm、直径32cm、重さは26.5 kgです。
銘文(めいぶん)には
「河根上藤川村徳応山化成院、大徳寺 十世相連社実誉
弥空紋察代貞享五戌辰天三月吉日(1688)
江尻鋳物師町 芹澤善兵衛尉 藤原益信作」
と書かれてあります。
〜豆知識〜 
  和鐘は、日本で作られたためにそう呼ばれますが、その祖形(そけい)は中国から仏 教と共に1400年ぐらい前から伝えられています。

【双盤】
青銅製で作られており、直径40.3cm、幅は11.2cm、重さは16kgです。
銘文には
元禄8年6月上旬(1695)
と書かれてあります。
〜豆知識〜
双盤は、寺院で法会に用いる大形の鐘のことです。形はたらいの形をしていて、ロープ でつるし、細い糸を束ねたもので打ちながら演奏します。二つの鐘の外側を同時にたたき、 音質の異なる双方の音を合わせることに意味があるようです。

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わに口ワニグチ
指定区分 県指定文化財
所在地 静岡県榛原郡川根本町
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
鰐口とは仏教鳴器(ぶっきょうめいき)の一種で、金鼓(きんこ)、金口(きんこ う)とも呼ばれます。神社でお参りをするときに使う鈴と同じ使われ方で、架(二つ の支柱の上にかけ渡した横木)に取り付けます。そして、上から垂れさがっている太 い縄を鈴をならす要領で前後に振り、打ち鳴らすと「ゴーン」という音がします。昔 は「さめ」のことも「わに」と呼んでいたそうでして、この鰐口を横にしてみると 「さめ」や「わに」の大きな口に似ていたということから、この名前になったとも伝 えられています。青銅製(せいどうせい)のものが多く、下半部が円周の真ん中まで 切り開かれて口の部分となっています。
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赤石太鼓アカイシダイコ
指定区分 その他
所在地 静岡県榛原郡川根本町
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
川根本町は、雄大(ゆうだい)な南アルプスの霊峰(れいほう)赤石山脈を背(せ)にし てその山麓(さんろく)に広がる山と川と茶を、生活の基盤(きばん)として栄えてきた 町です。この豊かな自然を持つ川根本町に芸能文化を育て、地域住民の連帯感(れんた いかん)と郷土愛を築き、町の活性化を目指すために、昭和56年10月に町の有志 (ゆうし)で太鼓チームを編成しました。これが赤石太鼓の誕生です。
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梅津神楽ウメヅカグラ
指定区分 県指定文化財
所在地 静岡県榛原郡川根本町梅地
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
接岨峡(せっそきょう)のこだま石神社、若宮神社に500年前から伝わ る神事で毎年1月、二つの神社で1年おきに行われます。
神楽の由来は1480年頃(文明年間)、梅地(うめじ)の祖、筑地清 右衛門(つきじせいえもん)が京都・梅津(うめず)の里から来てこの地 に住み、村を開き氏神をまつり、自ら神主となって神前に奉納したことが 始まりだと伝えられています。
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こだま石神社祭りコダマイシジンジャマツリ
指定区分 その他
所在地 静岡県榛原郡川根本町梅地
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
創建(そうけん)年代は明らかではありませんが言い伝えによれば、文明年間山城国、 梅津の里に梅津大納言(うめづだいなごん)という人が信濃国飯田(しなののくにい いだ)を経て、この地に居住し、姓名を筑地清右衛門菅原重常と改め、この神社を設 立しました。昔は大井大明神と称していましたが、この土地の人々は砂金採取を行っ ており偶坑内で見事な鉱石を発掘し、これを霊代として石凝姥命(いしこりどめ)を 勧請(かんじょう)し、こだま石権現社と改称しました。更に明治2年、こだま石神 社と改称(かいしょう)しています。現在の社殿は文政3年6月の再建です。霊代を 発掘したといわれる洞穴(どうけつ)は、今も神社の付近にあります。またこの神社 は金堀の神様と安産の神様といわれ、現在でも出産をひかえた女性がお参りに訪れて います。
2年に1度、1月に「金丸(かなまる)の舞」など梅津神楽が奉納(ほうのう)され ています。
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田代神楽タシロカグラ
指定区分 県指定文化財
所在地 静岡県榛原郡川根本町田代
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
創始年代は明らかではありませんが、口碑によると文治5年(1189)成元成善 (なりもとなりよし)、成近(なりちか)の兄弟が当地に下って村を開き大井川河 畔の杉の根元に大井神社を建立し、成善が神職につき神楽を奉納したと伝えられて います。
田代神楽を奉納するこの大井神社の祭神は弥都波能売神(みずはのめのみこと)を 祀(まつ)っており、明治3年までは大井大明神と呼ばれていました。創建された年 代は不明ながら、一番古い棟札(むなふだ)は延宝6年(1678)再建と書かれて いるものです。
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ダイラボッチダイラボッチ
指定区分 その他
所在地 静岡県榛原郡川根本町
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
〜民話 ダイラボッチ〜
そのむかし、ダイラボッチという山のように大きく力持ちの男がいました。ある時千 頭あたりにやってきたダイラボッチは、夕日に映(は)える紅葉の美しさにほれぼれし ました。これが富士山のように高くて美しい山ならいいなーと思い、一晩で高い山を 作ることにしました。早速(さっそく)ツタやカズラのつるで土を運ぶ大きなもっこを 作り、小山のような土をいっぱいのせて郷平(ごうのだいら)まできたところで、どこ からともなく娘たちの歌声が聞こえてきました。はずかしがりやのダイラボッチは 「もう夜明けだ!」と驚いてもっこを投げ出して逃げてしまったので、郷平の村には もっこの土が二つの丘となって今でも残っているのです。
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天狗石テングイシ
指定区分 その他
所在地 静岡県榛原郡川根本町東藤川
TEL/FAX 0547-59-2746/0547-59-2748
お問合せ先 川根本町まちづくり観光協会
入館料 無料
〜民話 天狗石と大蛇〜
むかし、犬間(いぬま)の奥の河内のほとりには、こんこんと温泉が湧き出 ていました。そこに住む一匹の大蛇が今日も湯につかっていると、なにやら 山の上からうめき声が聞こえてきました。大蛇が登っていくと、七ッ峰(な なつみね)の山中に住む天狗(てんぐ)が傷だらけで倒れていました。聞け ば北の空から来た雷王(らいおう)と格闘(かくとう)し、雷王の火の矢で 大やけどをおったということでした。かわいそうに思った大蛇は天狗を心を こめて介抱してやりました。「危ないところを助けていただいてありがとう ございます。ついては何か私にできることがあったらぜひご恩返しをさせて ください」と天狗が言いました。大蛇は「わたしはここの湯がたいへん気に 入っていてずっとここに住みたいのですが、河原には石ころが多くて住みに くいのです」と告げたところ、天狗は「それではこの石ころを山の頂上まで 運びあげて雷王と戦うときの武器にします」と言いました。
翌朝大蛇が目を覚ますと、石ころはすっかりなくなっており今でも山頂に は天狗が運んだという苔(こけ)むした玉石が残っています。
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天王山の七本桧テンノウザンノシチホンヒノキ
指定区分 その他
所在地 静岡県榛原郡川根本町東藤川
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
〜民話 天王山の七本桧〜
むかし、鎌倉時代の末頃から室町時代のはじめ頃に小長谷城は建てられたといわれていま す。この城のお堀のなかほどに大きな大きな桧があり、根元は一本で途中から幹が七 本に分かれていたのです。そのためこの桧は七本桧とよばれ神木とされ、しめ縄飾り (なわかざり)が張られています。いつの頃からでしょうか。村人たちの中から「こ の木の七本に分かれているところはたたみ一畳(いちじょう)分の広さのところがあ り、そこに宝物があって大きな蛇(へび)がそれを守りながら住んでいる」と言い伝 えられています。その後小長谷城も落城(らくじょう)しその跡に神社が祭られ、毎 年にぎやかに祭りが行われるようになったのです。
ある日、村人の三人が桧の中に何があるのかを探ろうとしましたが、急に気分が悪 くなり登ることができませんでした。仕方なく三人はあきらめて帰ろうとしましたが、 そのうちの一人の男はどうしても七本桧の下を通らなければならなかったので、おそ るおそる通り過ぎようとしたときです。七本桧が目の前に倒れてくるようにみえたの でした。男はあわてて家へ走り帰りました。
それから何年か後、その男の家では赤ちゃんが六人生まれましたが病気で全員死んで しまいました。そこで占い師にみてもらうと「この家の誰かが神木を汚したことがあ るので七人の命はもらいうけるぞ」とお告げがあったのです。そこで七人目の赤ちゃ んが生まれたとき隣のおばあさんが、「この子を一度捨て子にしてもう一度拾ってく ればよいかもしれん」と言ったのでそのようにしてみたところ、その七人目の赤ちゃ んは何事もなく長生きしたそうです。
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小長谷学仙状コナガヤガクセンジョウ
指定区分 町指定文化財
所在地 静岡県榛原郡川根本町田代
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
【1】慶長六年十二月 小長谷学仙からの徳谷天王社神領手形

《解 説》
慶長五年(1600)九月の関が原合戦の後駿河・遠江には、徳川譜代(ふだい) の大名が入封し、駿河川根を支配していた中村一氏もに伯耆米子に転封された。 徳之内藤川村の年貢徴収(ねんぐちょうしゅう)は、藤川村に居住(学仙屋敷)して いた小長谷学仙に任せられていた。田代村にある徳谷天王領高五石は、神主の若狭 (わかさ)自身が管理せよという文書である。

【2】慶長七年八月 小長谷学仙からの徳谷天王社若狭太夫領手形

《解 説》
徳谷天王領の内、高一石は神主若狭大夫へ下さるという小長谷学仙の文書。

【3】慶長七年八月 小長谷学仙からの徳谷天王社神領手形

《解 説》
慶長六年に高ニ石、翌慶長七年に高三石の土地が、徳谷天王領と認められた。  

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武田家朱印状タケダケシュインジョウ
指定区分 町指定文化財
所在地 静岡県榛原郡川根本町田代
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
《解説》
元亀3年(1572)の7月2日、武田信玄がその家臣市川備後守(いちかわびんご のかみ)を通じて、徳谷天王社頭の神木伐採(しんぼくばっさい)を禁止した朱印状 である。(龍朱印は信玄の印である)。
徳谷天王は、小長谷城の鎮守(ちんじゅ)として城内に建てられ、神主は鎮座(ち んざ)のはじめより代々田代村の神谷氏であった。蓋し(けだし)社頭の樹木(じゅも く)伐採を禁止したのは、戦畧(せんりゃく)上の必要もあってからか。(神谷記)
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東方薬師堂トウホウヤクシドウ
指定区分 町指定文化財
所在地 静岡県榛原郡川根本町桑野山
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
創建は不明ですが、再建については寛政(かんせい)11年(1799)3月吉日 と弘化(こうか)2年(1845)極月吉日(きょくげつきつじつ)との二枚の棟 札(むなふだ)があります。木造寄棟(もくぞうよせむね)造りで屋根はかやぶき [上に仮鉄板(かりてっぱん)ぶき]になっています。格天井に花鳥図(かちょうず) が35枚ありましたが、うち1枚は紛失しています。堂宇(どうう)の外側3方 (正面・両側面)に回廊(かいろう)があります。
 床面積16.2u(3.6m×4.5m) 棟(むね)の高さ7.5m
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如意輪観音堂ニョイリンカンノンドウ
指定区分 その他
所在地 静岡県榛原郡川根本町千頭(大間)
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
現在の如意輪観音堂は、昭和のはじめ頃まで大間(おおま)小学校の近くに建てら れていましたが、湯山の発電所建設にともない労務者・工事関係者の子弟が多く入 学してきて、学校も狭くなり校舎拡張のため現在の位置、寸又峡温泉の一角に移転 されたといわれています。開湯以来、温泉街を見守り続けてきました。効能豊かな 汲めども尽きせぬ温泉に感謝して町の人々が手をあわせます。 この観音堂は、わたしたちのいろいろな願いを聞き届けてくれる観音様といわれて います。お堂は村の篤志家(とくしか)が建てたといわれています。この観音様に まつわるお話があります。
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河内地蔵コウチジゾウ
指定区分 その他
所在地 静岡県榛原郡川根本町梅地
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
〜河内地蔵にまつわるお話〜
湯の河内沢の左岸に地蔵場という平場があります。そこは、静岡へ抜ける 街道にあたり、梅地の村人たちは旅の無事を祈って小さな地蔵をたて、手 厚く供養(くよう)していました。
ある年の暮れ、地蔵場を通りかかった川狩りの人夫が「なんて粗末な地 蔵だ。本物なのか試してやる。」といって大鳶(おおとび)でたたき割っ てしまいました。その後この人夫は川狩(かわが)りの最中、足を滑らし て激流にのみこまれてしまったそうです。それから梅地の村人はこわれた 地蔵に代わる新しい地蔵をまつりました。その地蔵には貞享(じょうきょ う)2年(1685)と刻まれています。
更に年月を重ね、地蔵は少しずつ梅地に近づき梅雲寺(ばいうんじ)の跡 地にまつられていましたが、平成13年現在の位置に安置されました。
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石剣セッケン
指定区分 町指定文化財
所在地 静岡県榛原郡川根本町崎平他
TEL/FAX 0547-59-3106/0547-59-3293
お問合せ先 川根本町教育委員会
入館料 無料
石剣とは、縄文式時代後期・晩期(ばんき)の磨製石器(ませいせっき)の一種です。 石剣・石刀は武器の形をしているのでその名前があります。石材には、輝緑凝灰岩 (きりょくぎょうかいがん)や緑泥片岩(りょくでいへんがん)のような緑色系統 (りょくしょくけいとう)の石が多く使われています。緑色の石というのはこの頃の 人々が好んでいたようで、勾玉(まがたま:古代の装身用の玉)や装飾品用の耳輪な どにも使われています。
石剣は中国の殷(いん)の時代に作られた青銅製の刀子(古代の小型の刀)が、は るばる東北地方に伝えられ、それをまねて作ったものといわれています。形は一端に こぶ状の頭部をつくった棒となっています。武器の形をしていますが実用性はなく、 石剣を上下左右に振り回すことで、悪霊退散(あくりょうたいさん)や不思議な力を 授かることができると信じられていたそうです。また、これを持つことが男性の社会 的地位の象徴(しょうちょう)であったというお話もあります。
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